今展ではキャンバスに描かれた油彩、紙や板などの支持体を用いたミクストメディアのほか、
近年手掛け始めたという「ジクレー版画」が展示されています。
《 ANCIENT LIGHT 》
《 FOREST TALE 》
↑《 UNDER THE LIGHT 》は
《 SUNLIGHT UNDER THE WATER 》↓ の一部分
「ジクレー版画」はデジタルデータから印刷する複製画の一種で、
高度な色彩の再現性と保存性に優れた高精細な印刷技術を用いたデジタル版画。
高度な色彩の再現性と保存性に優れた高精細な印刷技術を用いたデジタル版画。
(ジクレーはフランス語で「吹き付ける」という意味)
「版」を用いない「版画」の芸術としての位置づけや魅力について、
私はまだ十分に理解していないのですが、
「版」を用いない「版画」の芸術としての位置づけや魅力について、
私はまだ十分に理解していないのですが、
柏田さんの展示作の制作経緯は、とても興味深いものでした。
油絵具を幾重にも重ねる油彩や、板を用いたり紙を切り貼りするような、
極めて物質的な存在感のある作品が印象的な柏田さん。
「版画」を手掛けてこなかったことを残念に思うくらい、にわかに「版画」なるものに興味が芽生え、いきなりデジタル・最新技法に挑んだのは作品をご覧のとおり、「いろいろ」やってみたくなる性分もあってのご様子。
柏田さんのジクレー版画は、完成した絵画を複製するための手段ではなく、
複数の原画の中からモチーフを拾い集め、パソコン上で再構成し、
新たな作品として刷り出したもの。
複数の原画の中からモチーフを拾い集め、パソコン上で再構成し、
新たな作品として刷り出したもの。
例えば、冒頭1枚目の《 ANCIENT LIGHT 》の黄色い花のように見える部分は、
《海辺の親子》の中央に描かれたモチーフ。
《海辺の親子》の中央に描かれたモチーフ。
2枚目の《 FOREST TALE 》には、別の作品に描いた樹のモチーフが重ねられているとのこと。
薄い布にプリントされた《 SUNLIGHT UNDER THE WATER 》はジクレー版画のために制作された絵で、
大きな太陽は《太陽の井戸》に描かれたもの(まるで解き放たれたかのように伸びやか)
大きな太陽は《太陽の井戸》に描かれたもの(まるで解き放たれたかのように伸びやか)
中央に配置された魚は、前回、2024年のDMに掲載された《まほろ川》↓ を泳いでいた魚。
2024年のトピックスはこちら⇒★
(前回も ”水” にまつわる作品が印象的でした。)
《 まほろ川 》 油彩・紙
2024年出展作品
2024年出展作品
制昨年の異なる作品部分がひとつの画面に重なる作品は、
まるで頭の中にある「記憶」のような
回顧のみならず、その続きの物語も描かれているでしょうか、、、
回顧のみならず、その続きの物語も描かれているでしょうか、、、
2024年5月に到来した魚は、その後の2年を泳ぎ、
鮭が還るように再び、この場所に姿を見せてくれました。
鮭が還るように再び、この場所に姿を見せてくれました。
かつて小さくみえた魚は、今やシーラカンスのごとく、
悠久の時を経てきた貫禄です。
悠久の時を経てきた貫禄です。
ジクレー版画の魚は、高度な印刷技術のおかげでひとつの ”不変” に到達したと言えそうですが、
油彩《まほろ川》を泳ぐ魚は、これからも新たな物語を泳ぐのではないかと
思い巡らすのも愉し。
油彩《まほろ川》を泳ぐ魚は、これからも新たな物語を泳ぐのではないかと
思い巡らすのも愉し。
おそらくは布に刷られた魚も、
泳ぐ、泳ぐ、、
光の中を泳ぐのでしょう
ご機嫌さんだもの🌞✨🐟
世にはデジタルで構成した絵を肉筆で描き起こす手法の作家もおられるとのことですが、
柏田さんは完成させた構図をなぞることには興味なく、
どうなるかわからないことをしてみることが、面白いのだとおっしゃいます。
スマホでも絵を描いてみたが、うまくいかない。
使いこなせる人なら起きないような失敗をするが、
不得手だからこそ生じる偶然性が面白い、とおっしゃいます。
使いこなせる人なら起きないような失敗をするが、
不得手だからこそ生じる偶然性が面白い、とおっしゃいます。
作家は版を”彫らない” ジクレー版画が、
奇しくも作家の核心を浮き”彫り”にしてくれたように感じられます。
奇しくも作家の核心を浮き”彫り”にしてくれたように感じられます。
柏田良彰展 - CREATION-
2026.10.25(日)~11.6(金)
OPEN 11:00~17:00 ※最終日16時まで
休廊日 10/28(水)、11/2(月)
▶在廊予定
10/25(日)・29(木)終日
11/ 5(木)・ 6(金) 13時以降








